上田市の民話と伝説 安知羅様
むかしむかし、信州の真田の里に、
お姫さまがおりました。
お姫さまの父は、名高き武将・真田幸隆(さなだゆきたか)。
けれども、戦の世のこと、幸隆はいつも戦に出ていて、
屋敷にはなかなか戻れませんでした。
その間に、お姫さまのもとには、夜な夜な天狗が現れ、
ひとときの間を過ごしたといいます。
やがて戦が終わり、ようやく幸隆が屋敷に帰ってまいりました。
ところが、そこで目にしたのは――なんと、
お姫さまが子を産んで育てていたのです。
怒った幸隆は、子どもの首根っこをつかまえて、
庭へぽいと放り投げました。
ところが赤子は地面に転がると、すぐにピョコンと立ちあがり、
なんと幸隆にぺこりとお辞儀をしたのです。
ますます腹を立てた幸隆は、さらに強く子どもを放り投げました。
けれども子どもはまたもや立ちあがり、
にこにこと笑ってこっちを見ています。
これにはさすがの幸隆もあきれてしまい、
とうとうその子がいとおしくなってしまいました。
そして、自分の宝であった十文字の槍を、
その子に授けたといいます。
この子こそが、のちの真田幸村。
成長して勇ましき武将となり、戦場に出るたび、
あの十文字の槍を手にしていたということです。
いまでも、かつてのお屋敷の東のへ行ったところにお堂があり、
村の人々はそれを「安知羅様(あちらさま)」と呼んでいます。
それは、幸村がまだ幼かったころの姿を
あらわしていると伝えられているのです。